僕ととの若干気まずい空気を切り裂くようにざっざっと雪を踏みこちらへ近づいて来る足音がした。




「中尉殿!」




猪口曹長のその大きな声で僕は平常心を取り戻す。




「大隊本部の位置はわかるか?」




うん、いいぞ。




兵二名に猫一匹。




こんな環境では猫一匹は銃兵十名だ。




そんな分析をしていると猪口曹長から思いもかけない報告を受けた。




「全滅です。大隊長殿も戦死されました。」




「…なるほど。」









猪口曹長からその言葉を聞いた瞬間、脳天を銃で打ち抜かれたような、
鈍器で思い切り殴られたような、何とも言えない衝撃に襲われた。




伊藤少佐が…戦死なされた…?!




「そいつぁ素敵だ。面白くなってきた!」




その言葉に体が震えた。




目を疑う。




この人は笑っている。




狂っている。




新城中尉も、私も、みんな、みんな。




「…ええまったく、楽しくなってきました。この大隊の指揮官はあなたですよ…新城中尉殿。」




「他に楽しい話は?」




「今のうちに下がらねば全滅ですな。」




「小半刻で負傷者を可能な限り救出しろ。孤立している者もだ。勿論僕も参加する。」




「難しいですが」




猪口曹長がそう言った時、新城中尉の纏う空気がまた変わる。




「だからどうだと言うのだ。莫迦と勇者は命の値段が違う。君の値段は?僕のはどうだ。
孤立し今も戦闘を続けている者のは?救える負傷者を捨てていく者のは?
その程度の勘定は誰にも出来る筈だ。…違うか?」




その言葉を聞きながら私はただ考えていた。




沢山の人が死んだ。




この戦場で、皇国軍も、帝国軍も。




しかし将校、それも大隊の指揮官となれば、涙など見せられない。




過去を悔やんでも仕方がない。




戦争は今ここで起きているんだ。




兵達の士気を自分が下げてはいけないのだ。




この人は、新城中尉は、強いお方なんだ。




「行くぞ。立てるか、…あ」




「…っ!」






モドル